テレワークを始めてから、「社員が自宅のWi-Fiで顧客データを扱っていても問題ないのか」「ノートパソコンを紛失したときの手順が誰も知らない」「在宅勤務中の残業代はどう計算するのか」——そんな不安を抱えたまま運用している中小企業は少なくありません。
ツールを導入してテレワーク自体は動いているのに、ルール(規程)の整備だけが後回しになっているのが現状です。規程がなければ、情報セキュリティも労務管理も「社員の判断任せ」になってしまいます。
この記事では、従業員10~100名規模の中小企業が、費用を最小限に抑えながらテレワーク規程(在宅勤務規程)を策定し、社員に定着させる実践手順を解説します。「7つの必須項目」と3ステップの作成手順を押さえれば、今日から動き出せます。

テレワーク規程とは?就業規則との違い
テレワーク規程とは、在宅勤務・モバイルワーク・サテライトオフィス勤務などの働き方に関するルールをまとめた社内文書です。就業規則の附則として位置づけるか、単独の規程として作成するかはどちらでも構いません。
就業規則との違いは「粒度」にあります。就業規則は会社全体の労働条件を定めるもので、テレワークの細かい運用ルールまでは記載しきれません。そこでテレワーク規程を別に設けて、就業場所・端末の使い方・情報の取り扱いなどを具体的に定めます。
| 文書 | 内容 | 法的根拠 |
|---|---|---|
| 就業規則 | 労働時間・休日・賃金など基本的労働条件 | 労働基準法(10人以上で作成義務) |
| テレワーク規程 | テレワークの申請手続き・就業場所・端末・セキュリティルールなど | 就業規則の委任規定または単独規程 |
就業規則にテレワークに関する条文が1行もない状態でテレワークを続けると、労使トラブルが発生したときに会社側が不利になることがあります。従業員が10名未満で就業規則の作成義務がない場合でも、テレワーク規程だけを別に作成しておくことを推奨します。
テレワーク規程がないと起こる3つのリスク
1. 情報漏えいリスク
社員が自宅の家族共用パソコンで業務データを扱ったり、フリーWi-Fiで顧客情報を送受信したりする行為は、会社がルールを明文化していなければ「禁止されていないから大丈夫」と判断される可能性があります。規程で「会社貸与端末のみ使用可」「公衆Wi-Fi禁止」と明記することで、社員の行動基準が明確になります。
テレワーク中の具体的なセキュリティ対策については中小企業のテレワークセキュリティ対策ガイドでまとめていますが、その前提として「ルールそのものを文書化する」ことが規程策定の目的です。
2. 労務トラブルリスク
テレワーク中の残業・休憩・深夜労働の扱いが曖昧なまま運用していると、退職後に「残業代が未払いだ」と主張されるリスクがあります。在宅勤務の場合、使用者が労働時間を直接把握しにくいため、みなし労働時間制(事業場外みなし)の適用可否を含めて規程に明記しておく必要があります。
3. コンプライアンスリスク
テレワーク規程がなく口頭指示だけで運用している場合、「社員Aは在宅OK、社員Bはダメ」という不公平が生じやすくなります。対象者の選定基準・申請フロー・許可権限を規程で定めることで、公平・透明な運用が実現します。
テレワーク規程に盛り込むべき7つの必須項目
以下の7項目が最低限必要です。それぞれのポイントと、中小企業でよくある落とし穴を解説します。
1. 対象者と申請手続き
誰でもテレワークできるのか、申請が必要なのか、上長の許可が必要なのかを明記します。
・対象者の例: 正社員・契約社員(試用期間終了後)。パート・アルバイトは別途協議
・申請方法: 就業前日17時までに所定の申請フォームで直属上長に提出
・許可権限: 直属上長が承認、月間テレワーク日数の上限(例: 週3日)を設定
よくある落とし穴: 申請フローを定めずに「気軽に上長に声かけ」で運用すると、記録が残らず、後から「許可した・しない」の言い争いになります。フォームはGoogleフォームでも構いません。
2. 就業場所のルール
「自宅のみ可」か「カフェ・コワーキングスペースも可」かを明確にします。
・推奨スタンス(中小企業向け): 原則として自宅のみ可とし、例外(コワーキングスペース)は事前申請
・禁止場所の例: カフェ・ファミレス・新幹線の車内(画面のぞき見リスク)、公衆Wi-Fi環境
・自宅の要件: 個室または家族が業務画面を見られない環境を確保すること
情報セキュリティの観点では、就業場所を限定するだけで情報漏えいリスクを大幅に下げられます。
3. 労働時間・連絡体制
テレワーク中の労働時間管理は、法律上も重要なポイントです。
・労働時間の記録方法: 始業・終業時刻をチャットツールまたは勤怠管理システムで報告
・コアタイム: 10時~15時は必ずオンライン状態を維持(フレックスを採用している場合は要調整)
・休憩時間: 通常の就業規則と同様(6時間超で45分、8時間超で1時間)
・残業: 上長の事前承認がない残業は禁止(申請フォームを定める)
クラウド勤怠管理ツールを使うと、在宅勤務の打刻管理が簡単になります。ツールの比較はクラウド型勤怠管理システム比較2026が参考になります。
4. 端末・情報セキュリティの基本ルール
ここは規程の核心部分です。技術的な詳細を書く必要はなく、「何を許可して何を禁止するか」のルールを平易に記します。
・使用端末: 会社貸与端末のみ使用可。私物端末による業務は原則禁止
・ネットワーク: 自宅の有線LAN または WPA2以上のパスワード設定済みWi-Fiを使用。公衆Wi-Fi禁止
・画面ロック: 離席時は必ず画面ロックをかけること
・書類・データの取り扱い: 紙の書類を自宅に持ち帰ることは原則禁止。電子データの持ち出しは申請制
・端末紛失時: 速やかに上長と情報システム担当(または社長)に報告し、所定の報告書を提出
BYOD(私物端末)を一部許可する場合は、会社がMDM(モバイルデバイス管理)ツールをインストールする条件を付けることを検討してください。MDMについては中小企業のMDM導入ガイドを参照してください。
なお、テレワーク時の技術的なセキュリティ対策(VPNの設定やエンドポイント保護など)については、姉妹サイトセキュリティマスターズ.TOKYOで詳しく解説しています。テレワーク規程ではルールを定め、技術的な実装は別途検討するという二段階のアプローチが現実的です。
5. 費用負担の基準
テレワークに伴う通信費・光熱費の負担について曖昧にしたままにすると、後からトラブルの原因になります。
| 費用項目 | 一般的な対応 | 金額の目安 |
|---|---|---|
| 通信費(インターネット) | 月額定額補助または実費一部補助 | 月1,000円~3,000円が相場 |
| 光熱費(電気代) | 在宅勤務日数に応じた補助 | 国税庁の計算式: 月額補助×(勤務日数/該当月の日数)×50% |
| 消耗品(印刷用紙等) | 自宅印刷は原則禁止にする場合は補助不要 | — |
2020年の国税庁の通達に基づく計算式を使うと、通信費・光熱費の補助が非課税扱いになります。規程に計算式を明記するか、「会社規定の基準に基づき支給する」と記載し、別途運用細則を作成します。
6. 評価・成果管理の考え方
テレワーク中は「見えない」ことへの不公平感が生まれやすく、評価制度に対する不満につながることがあります。規程に評価の基本方針を一言添えるだけで、社員の安心感が大きく変わります。
・評価の原則: 在宅勤務日・出社日を問わず、成果・行動目標に基づき公平に評価する
・目標管理: 月次の業務目標を上長と合意し、進捗報告を週次または日次で行う
7. 違反時の対応と規程の改定手続き
規程は一度作ったら終わりではなく、定期的に見直す必要があります。
・違反時の対応: 軽微な違反は口頭注意・指導。重大な情報漏えいを引き起こした場合は就業規則の懲戒規定を適用
・規程の見直し時期: 毎年4月、または法改正・セキュリティインシデント発生時に改定を検討する
・改定手続き: 社員代表への説明と意見聴取の上、改定版を全社員に周知する
テレワーク規程の作成:最短3ステップ
Step 1: 厚生労働省のモデル就業規則を参照する
厚生労働省が公開している「テレワークモデル就業規則」は、中小企業でもそのまま活用できる無料のひな形です。検索エンジンで「テレワーク モデル就業規則 厚生労働省」と調べればすぐ見つかります。このひな形をベースに、自社の実態に合わせて書き換えます。
Step 2: 自社の運用実態に合わせて7項目を埋める
前節の7項目について、「現在どう運用しているか」を洗い出し、それをそのままルールとして文書化するのが最短コースです。ゼロから「あるべき姿」を考えるより、「今の実態を明文化して、気になる点だけ修正する」方が社員への浸透も早くなります。
| 項目 | 確認すべき現状 |
|---|---|
| 対象者・申請 | 現在の申請方法(口頭?メール?)を整理し、フォームに統一する |
| 就業場所 | 社員が実際に仕事している場所を洗い出し、許可範囲を決める |
| セキュリティ | 私物PC利用の実態を把握し、会社貸与への移行スケジュールを検討する |
| 費用負担 | すでに支給している補助があれば金額と根拠を確認する |
Step 3: 社内ツールで配布・同意取得を行う
作成した規程は、全社員が確認できる場所(社内Wiki・Notionなど)に掲示し、電子署名または確認チェックを取り付けます。社内Wikiの整備についてはNotion導入ガイドが参考になります。
紙で配布・署名を集めるのは管理が大変なため、Googleフォームやkintoneの電子フォームで「規程を読んだことを確認しました」というチェックを記録する方法が効率的です。
テレワーク規程の策定にかかるコストと工数
| 策定方法 | 費用(目安) | 所要期間 | 品質 |
|---|---|---|---|
| 担当者が自社で作成(モデル就業規則活用) | 0円(担当者工数のみ) | 1~2週間 | △ 法的チェックは別途必要 |
| 社会保険労務士(社労士)に依頼 | 5万~15万円(作成費) | 2~4週間 | ○ 労働法の観点でチェック済み |
| 弁護士に依頼 | 15万~30万円 | 3~6週間 | ◎ 紛争リスクの観点まで網羅 |
従業員30名以下の場合は「社労士に基本スケルトンをチェックしてもらう」程度(スポット相談: 1~3万円)が費用対効果の高い選択肢です。就業規則の変更が発生する場合は、労働基準監督署への届出も必要なため(常時10人以上の場合)、社労士に一括して依頼することを推奨します。
IT利用規程との関係については中小企業のIT利用規程の作り方、情報セキュリティポリシー全般については情報セキュリティポリシー策定ガイドと組み合わせて整備すると、社内ルールの全体像が一本化されます。
テレワーク規程でよくある3つの失敗と回避策
失敗1: 就業規則の末尾に一行だけ追記して終わり
「第〇条 在宅勤務についての詳細は別に定める」と就業規則に書いたものの、「別に定める規程」が存在しない状態のまま数年経過——これが最も多いパターンです。
回避策: 就業規則の委任条文と、テレワーク規程の本体を同時に作成・届出します。「別に定める」と書いた日から3か月以内に本体を完成させる期限を設けてください。
失敗2: 一度作ってから更新しない
2020年当時に作成したテレワーク規程には、クラウドツール・AIツールの利用に関するルールが含まれていないことが多く、現実の業務と規程が乖離してしまいます。
回避策: 規程の末尾に「毎年〇月に改定を検討する」と明記し、カレンダーにリマインダーを設定します。情報セキュリティポリシーの年次見直しと同時に確認すると抜け漏れが防げます。
失敗3: 「禁止」ばかり並べて社員に浸透しない
セキュリティ対策を優先するあまり「自宅のWi-Fi禁止」「私物PC禁止」「印刷禁止」と禁止事項だらけになると、社員がルールを守るモチベーションを失います。
回避策: 禁止事項と同じページに「なぜそのルールが必要か」の理由を一言添えます。「公衆Wi-Fi禁止:なりすましアクセスポイントによるデータ傍受を防ぐため」のように理由を記すだけで、社員の納得感が大きく変わります。シャドーITの発生防止についてはシャドーIT対策ガイドも合わせて参照してください。

本記事のまとめ
テレワーク規程は「難しい法律文書」ではなく、「今の運用実態を文書化したもの」です。作成のポイントを整理します。
・7つの必須項目: 対象者・申請手続き、就業場所、労働時間・連絡体制、端末・セキュリティルール、費用負担、評価・成果管理、違反対応と改定手続き
・作成の3ステップ: 厚生労働省のモデル就業規則を参照 → 現状を棚卸して7項目を埋める → 社内ツールで配布・同意取得
・コスト感: 担当者が自作すれば費用ゼロ。社労士スポット相談で法的チェックを加えても3万円程度が目安
・運用のコツ: 禁止事項には理由を添え、年1回の定期改定を仕組み化する
規程が整うと、社員は安心してテレワークでき、会社はトラブル発生時に規程を根拠に対応できます。「いつか整備しよう」と先延ばしにせず、まず厚生労働省のモデル就業規則をダウンロードする1アクションから始めてみてください。
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